マコンド図書館

あるわけがないものがあるから珍しい
──五代目 古今亭志ん生

マコンド図書館へ

 黄色い土埃を舞いあげて単線の鉄路の上を蒸気機関車が重たそうにバナナ園の彼方へ走り去る。午前十一時、すでに空気は燃えるように熱く、湿っている。この光景はアウレリャーノ・ブエンディーア大佐の息子の一人アウレリャーノ・トリステが初めて鉄道を敷いた頃と変わりはない。ところどころ剥げ落ちてはいるが、どうにか「マコンド」と読める標識のある小さな駅舎を出ると、通りをはさんだ向かいにはアーモンドの木が歩道に木陰を与えている。これはホセ・アルカディオ・ブエンディーアら街の創設者達がアカシアに代えて植えたもの。
 玉突き場も兼ねるホテル(今では経営者がとうに変わっていが、依然とハコブのホテルと呼ばれているらしい)、飲み屋、雑貨屋、映画館をすぎて、角を右に折れる。広場の片側には、マルケスの父がかつて勤めていた電話局、初代町長ドン・モスコーテが建てた場所と同じ所に立つ役場、その向かいにある白いコロニアル風の建物がお目当てマコンド図書館である。来館者を出迎えるかのように黄色い蝶がふらふらと目の前を横切る。
 中庭に面しベゴニアの鉢で飾られた一画がマルケスのコーナーになっている。ここは吹き抜け構造になっており、上からのぞくと螺旋状。部屋に仕切られることもなく、入口から入るとぐるぐる廻って中心にたどり着く。一方の壁には造り付けの頑丈な書棚、他方のそれには草稿、マルケスに着想を与えるか、作家の作品に想を得た絵画、その作品にまつわるがらくたと見紛うモノなどが陳列されている。

マルケス全集

 まず、書棚に目を向けよう。これまでに刊行された作家の単行本を刊行順にまとめた「マルケス全集」全二十七巻。淡いクリーム色の揃いの表紙のフランス装にフィクション、ノンフィクションの区別はないが、前者の背には黄色い蝶、後者には黄色い薔薇があしらわれている。全巻の内容は以下のとおり。

第1巻: 『落葉』 (La ojarasca) 1955年

第2巻: 『大佐に手紙は来ない』 (El coronel no tiene quien le escriba) 1958年

第3巻: 『悪い時』 (La mala hora) 1962年

第4巻: 『短篇集 ママ・グランデの葬儀』 (Los funerales de la Mamá Grande) 1962年
     - 「土曜日の次の日」 (Un día después del sábado)
     - 「最近のある日」 (Un día de estos)
     - 「火曜日の昼寝」 (La siesta del martes)
     - 「この村に泥棒はいない」 (En este pueblo no hay ladrones)
     - 「バルタサルの素敵な午後」 (La prodigiosa tarde de Baltazar)
     - 「モンティエルの未亡人」 (La viuda de Montiel)
     - 「造花の薔薇」 (Rosas artificiales)
     - 「ママ・グランデの葬儀」 (Los funerales de la Mamá Grande)

第5巻: 『百年の孤独』 (Cien años de soledad) 1967年

第6巻: 『飲まず食わずで十日間筏で漂流し、国家の英雄として歓呼で迎えられ美女達のキスの雨を浴び、コマーシャルに出て金持ちになったが、やがて政府に睨まれ永久に忘れ去られた、ある遭難者の物語』 (Relato de un náufago que estuvo diez días a la deriva en una balsa sin comer ni beber, que fue proclamado héroe de la patria, besado por las reinas de belleza y hecho rico por publicidad y luego aborrecido por el gobierno y olviado para simpre) 1970年

第7巻: 『短篇集 純真なエレンディラと非情な祖母の信じ難くも悲しい物語』 (La increíble y triste de la cándida Eréndia y de su abuela desalmada) 1972
     - 「失われた時の海」 (El mar del tiempo perdido)
     - 「大きな翼を持った老人」 (Un señor muy viejo con unas alas enormes
     - 「善人ブラカマン、奇跡の行商人」 (Blacamán el bueno, vendedor de milagros)
     - 「幽霊船の最後の航海」 (El último viaje del buque fantasma)
     - 「世界で一番美しい水死人」 (El ahogado más hermoso del mundo)
     - 「純真なエレンディラと非情な祖母の信じ難くも悲しい物語」 (La increíble y triste de la cándida Eréndia y de su abuela desalmada)
     - 「愛の彼方の不変の死」 (Muerte constante más allá del amor)

第8巻: 『幸福な無名時代』 (Cuando era feliz e indocumentado) 1973年

第9巻: 『短篇集 青い犬の目』 (Ojos de perro azul) 1974年
     – 「第三のあきらめ」 (La tercera resignación)
     – 「エバは猫の中に」 (Eva está dentro de su gato)
     – 「死の向こう側」 (La otra costilla de la muerte)
     – 「鏡との対話」 (Diálogo con el espejo)
     – 「三人の夢遊病者の苦しみ」 (Amargura para tres sonámbulos)
     – 「青い犬の目」 (Ojos de perro azul)
     – 「六時に来た女」 (La mujer que llega a las seis)
     – 「イシチドリの夜」 (La noche de los alcaravanes)
     – 「誰かが薔薇を荒らす」 (Alguien desordena estas rosas)
     – 「天使に待ちぼうけをくわせた黒人ナボ」 (Nabo, el negro que hizo esperar a los ángeles)
     – 「マコンドに降る雨をながめながらイサベルの独白」 (Monólogo de Isabel viendo llover en Macondo)
    通常の以上11篇に加え、以下の初期3篇を収める。
     – 「トゥバル-カインは星をつくる」 (Tubal-Caín forja una estrella)
     – 「ナタナエルがこうしてやってくる」 (De cómo Natanael hace una visita)
     – 「雨の中男がやってくる」 (Un hombre viene bajo la lluvia)

第10巻: 『族長の秋』 (El otoño del patriarca) 1975年

第11巻: 『予告された殺人の記録』 (Crónica de una muerte anunciada) 1981年

第12巻~第17巻: 『ジャーナリズム作品集I-VI』 (Oblas periodística I-VI) 1981-1999年
  I    『沿岸地方のテキスト』 (Textos costeño) 1981年
  II, III 『ボゴタの人々の中で』 (Entre cachachos) 1982年
  IV   『ヨーロッパとアメリカ』 (De Europa y America) 1984年  
  V    『新聞記事』 (Notas de prensa) 1991年
  VI   『自由のために』 (Por la libre) 1999年

第18巻: 『グァバの実の香り』 (El olor de la guayaba) 1982年

第19巻: 『ラテンアメリカの孤独・詩に乾杯』 (La soledad de América Latina, Brindis por la poesía) 1983年

第20巻: 『コレラの時代の愛』 (El amor en los tiempos del cólera) 1985年

第21巻: 『戒厳令下チリ潜入記』 (La aventura de Miguel Littín clandestino en Chile) 1986年

第22巻: 『迷宮の将軍』 (El general en su laberinto) 1989年

第23巻: 『短篇集 十二の遍歴の物語』 (Doce cuentos peregrinos) 1992年
     – 「フォルベス夫人の幸せな夏」 (El verano feliz de la señora Forbes)
     – 「雪に落ちた君の血の痕」 (El rastro de tu sangre en la nieve)
     – 「電話を借りにきただけなの」 (”Soló vine a hablar por teléfono”)
     – 「聖女」 (La santa)
     – 「光は水のよう」 (La luz es como el agua)
     – 「悦楽のマリア」 (María dos Prazeres)
     – 「よい旅を、大統領閣下」 (Buen viaje, señor presidente)
     – 「夢をみるために部屋を借りる」 (Me alquilo para soñar)
     – 「毒を盛られた十七人のイギリス人」 (Diecisiete ingleses envenenados)
     – 「八月の亡霊」 (Espantos de agosto)
     – 「トラモンターナ」 (Tramontana)
     – 「眠れる美女の飛行」 (El avión de labella durmiente)

第24巻: 『愛その他の悪霊について』 (Del amor y otros demonios) 1994年

第25巻: 『坐っている男への愛の酷評』 (Diatriba de amor contra un hombre sentado) 1994年

第26巻: 『誘拐』 (Noticia de un secuestro) 1996年

第27巻: 『語るために生きる』 (Vivir para contarla) 2002年

第28巻: 『わが哀しき娼婦たちの思い出』 (Memorias de mis putas tristes) 2004年

初版本その他

 全集に続き、各単行本の初版がずらりと並べられている。この作家の場合、同じ作品が複数の出版社から出されていることが多いので、初版本の数も多く、たとえば『百年の孤独』。1967年5月に発行されたSudamericana社からの刊本(表紙にガレオン船)の他、直後に追加された、一般に初版本として紹介されている表題の”d”が鏡文字になっている版、Mondadori社の何冊か、各種ポケット版等など。

映画関連

 次の棚には映画関連の著作、さらにはDVDが収められ、閲覧ならびに鑑賞室も備えられている。そのリストを以下に。

4-1 脚本

(1)『黄金の雄鶏』(El gallo de oro) 1963年
   カルロス・フェンテスとの合作

(2)『愛しのローラ』(Lola de mi vida) 1964年

(3)『死の時』(Tiempo de morir) 1965年

(4)『危険な遊戯』(Juegos peligrososr) 1966年
   ”Divertimento”と”H.O.”からなり、後者を担当

(5)『犯罪に立ち向かう四人』(Cuatro contra el crimen) 1967年

(6)『予徴』(Presagio) 1974年

(7)『ペストの年』(El año de la peste) 1978年
   原作はデフォー『ペスト』

(8)『わが心のマリア』(María de mi corazón) 1978/80年

(9)『エレンディア』(Erendía) 1982年

(10)『大きな翼を持った老人』(Un señor muy viejo con unas alas enormes) 1988年

(11)『シリーズ 愛の不条理』(Los amores difíciles) 1987/88年
    -『美女と鳩の寓話』 (Fábula de la bella palomera)
    -『ローマの奇跡』 (Milagro en Roma)
    -『公園からの手紙』 (Cartas del parque)
    -『バルセロナ、愛の迷宮』 (Yo soy el que tú buscas)
    -『フォルベス夫人の夏』 (El verano de la señora Forbes)
    -『幸せな日曜日』 (Un domingo feliz)

(12)『夢見るために部屋を借りる』(Me alquilo para soñar) 1992年

(13)『オイディプス村長』(Edipo alcalde) 1996年

4-2 原作

(1)『この村に泥棒はいない』 (En este pueblo no hay ladrones) 1965年
   映画館の切符のもぎりとして本人出演も。

(2)『愛しのパッツィー』(Patsy, mi amor) 1968年

(3)『六時に来た女』(La mujer que llega a las seis) 1979年

(4)『モンティエルの未亡人』 (La viuda de Montiel) 1980年

(5)『失われた時の海』(El mar del tiempo perdido) 1981年

(6)『予告された殺人の記録』(Crónica de una muerte anunciada) 1987年

(7)『大佐に手紙は来ない』(El coronel no tiene quien le escriba) 1999年

(8)『族長の秋』 (El otoño del patriarca) 2000年

4-3 その他

(1)『カミーロ、治療兵』(Camilo, el cura guerrillero) 1974年

(2)『ガボ、ノーベル文学賞』(Gabo, Premio Nobel de Literatura) 1977/79年

(3)『風と火について』(Del vientro y el fuego) 1983年
  映画『エレンディラ』(4-1.(9))の製作ドキュメンタリー。作家へのインタビューも収める。

(4)『誘拐』(El secuestro) 1983年
  映画用の脚本として出版。未映画化。

(5)脚本作りの討論集
  以下はその一部が『物語の作り方』(木村榮一訳・岩波書店・2002年)として邦訳されている、キューバのサン・アントニオ・デ・ロス・バーニョス映画テレビ国際学園で行われた若い映画人との脚本作りの討論集である。
  -『お話をどう語るか』 (Cómo se cuenta un cuento) 1996年
  -『夢見るために部屋を借りる』 (Me alquilo para soñar) 1997年
  -『語るという幸せなマニア』 (La bendita manía de contar) 1998年

マルケス関連書籍

 マルケスの映画の世界にたっぷり浸ったあとは、この作家にちなんだ本のコーナーである。一部を紹介しよう。

『ガルシア・マルケス作品書評大全』
さまざまな作品の各国語訳の書影とともに、世界中で発表された書評を一冊にまとめる。

『地球の歩き方・マコンド』
マコンドへ旅してみたい人のためのガイドブックの定番。アクセスの方法、街の詳しい地図、宿泊ガイド、
グルメスポット、定番のおみやげ品などの情報満載。創設当時の街の様子などもコラム記事で読める。長雨や旱魃が続いたり、強い風が吹いたりするらしいので、シーズンだけでなく、そのときの気象を確認することが大切らしい。

『マルケス先生のスペイン語講座』
自分の作品から先生お気に入りの文章を例文に引き、文法的な解説が加えられる。作品を楽しみながらスペイン語を学べるのだが、罵倒語が多いので実用の際には注意を要するかもしれない。

『ガルシア・マルケス表現事典』
全集から名詞を選び、どのように表現されているかを示す。たとえば、【文学】の項には『百年の孤独』の一節「人をからかうために作られた最良の玩具」が示され、【東京】の項には「時計の時間しかない妖怪都市」とある。アファリズム集としても読める。

『ガルシア・マルケス語彙辞典』
マルケス作品に使用されるあらゆる語を項目にたて語意を付す。用例はもちろん作品の一節。例えば【氷】①水の三態の一。固体。0℃で融解。初めて見たときアウレリャーノ少年は煮立っている、その父はダイヤモンドだと判断したもの。「初めて氷を見にいった遠い昔の午後を思い出したに違いない」(百年の孤独)……。

『マコンド歳時記』
磁石や望遠鏡など目新しいものを携えてジプシーがやってくると、マコンドは三月である。八月には雨が降り、どんな貧しい人にもやってくる十月はジャガーを太らせ、さわやかな十二月の朝、ブエンディーア家では一度きりの家族写真を撮る。そんなマコンドの一年を歳時記風にまとめてある。

以下、書名のみ挙げる。
『WEBまたはREDの中のガルシア・マルケス』
『マルケス全集月報大全』
『マルケスの書斎』
……まだまだ続くが、この他は、最近この図書館がまとめた『マコンド図書館所蔵目録』を参照されたい。

らせんの帰還

 そろそろ、本棚に別れを告げ、他方の壁を紹介しよう。
 まず、『百年の孤独』の草稿とゲラ刷りが目に入ってくる。どちらにもマルケスのサインが記され、前者に修正の箇所が、後者にはあちこちに書き込みがある。このゲラ刷り、ある競売にかけられ、時のコロンビア政府は入手に手を尽くしたが、あまりの高額に手がでなかったはずだが…。
 次に膨大な量の羊皮紙。何やら風変わりな何種類かの文字が連ねられている。説明のプレートにはメルキアデスによる「マコンドの歴史」だとある。してみると、これが、ウルスラにあてがわれた部屋でせっせとしたためていた紙束か。(未完)

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