書肆マコンド訪問記
駅から夢大通りを南へまっすぐ進み、十六号線を横切り、リバティ通りとの交差点で右に折れ、二つ目の角を左に。左手の里芋が盛りの畑が途切れる角を右に入り四軒め、と教えられたとおり歩くこと十分あまり、この度の訪問先である古書店「書肆マコンド」に辿りつく。2009年春に上梓された『ガルシア・マルケスひとつ話』(以下、『ひとつ話』)の著者、書肆マコンド氏に会おうというのである。屋号が著者名でもあり、何とも紛らわしい。まずは『ひとつ話』が紹介されている丸谷才一氏のエッセイを引き、この辺りを整理してみよう。
とここまで書いてきたとき、宅配便で本が一冊届いた。『ガルシア・マルケスひとつ話』といふので、著者は書肆マコンド。いいですか、間違へないで下さいね。発行所ではなく著者なんですよ。発行所はエディマン。
どうやら古書店の主人がマルケスの熱烈な愛読者で、マルケス関係の資料を集めたあげく、本にまとめたくなったものらしい。発売所は新宿書房。定価は三二〇〇円+税。
丸谷才一「検定ばやり」『オール讀物』2009年5月号
建て付けの悪い引戸をあけ、やっとのことで店内に入るが、当の主人は見あたらない。駅の確認と一緒におおよその到着時間は伝えてあったのだがと、奥をのぞくと、突き当たりの壁に「すぐ戻ります、本でも見ていてください」と伝言が貼りつけてあった。
お言葉に甘え、店内を観察することにする。本棚はいずれも天井までのつくりつけで、左右両側と中央にある。入口より奥に向かい左の壁側の棚にマルケス作品と他のラテンアメリカ作家の作品、その向かいの中央の棚にはスペイン、ラテンアメリカ文学の研究書(このところ数が増えていない「イスパニア叢書」もここに収まっている)、中央の棚の他方の側には宮澤賢治、柳田國男、南方熊楠、中島敦、開高健らの作品群、そして右の壁側には井上ひさし、村田喜代子、飯嶋和一、さらには谷川俊太郎ら現代詩人の著作が並べられている。
中央の棚から取りだした『遠野物語』の頁を繰り、学生時代の彼地への一人旅を思い出していると、下駄の音とともに主人が帰ってきた。「お待たせしました。ビールを切らしてしまって」と、帳場の傍らの丸椅子をすすめられる。以下、買ってきたばかりのビールをごちそうになりながらの一問一答である。
──好きな本ばかり並べました、という感じですね。
「そうですね。これまでの本読みの軌跡だと思っています。これらの本の背を見ているだけで私はとても幸せな気持になります。売り物ですが、売るのが惜しくなるときがあります。」
──今日は『ひとつ話』についていろいろ伺いたくやってきました。まず、本をまとめるきっかけあたりから聞かせてください。
「マルケスとの出会いから本の上梓までの経緯は「あとがき」に詳しく書きましたので、きっかけについてはそちらに譲り、内容について少し話します。
この本はマルケスにまつわる80の話からなり、それらはⅠからⅥのセクションに分けられています。Ⅰがマルケス作品そのものにまつわる「ガルシア・マルケス作品ひとつ話」、Ⅱが各作品の登場人物をまとめた「ガルシア・マルケスが手繰る人々」、Ⅲが時間・数字・悪態語など作品を特徴づけるテーマに関わる表現を抜き出す「ガルシア・マルケス表現辞典」、Ⅳがマルケス作品の大きな特徴である羅列に焦点をあてた「ガルシア・マルケスのものはづくし」、Ⅴが多くの作品の舞台であるマコンドの森羅万象を記録することを目指した「マコンドひとつ話」、そしてⅥがマルケスその人にまつわるエピソードをまとめた「ガルシア・マルケスひとつ話」。このようにⅠからⅤで作品を、Ⅵで作家を扱っています。
マルケスの作品なり、マルケスやその作品を巡るエッセイや評論は私にとっていつまでも読んでいたい、何度でも読み返したいものがとても多いのですが、本書に収めた80の話は、その思いを伝えることができたらという気持で綴りました。
──随所にちりばめられた挿絵が素敵ですね。
「画家の中内渚さんの作品です。中でも36話目の「マコンド博物誌──風」の頁が気に入っているんです。拙文の周りを風に吹かれて花や虫が飛んでいます。中内さんには絵によっては画風を無理に変えてもらったり、いろいろな注文を受けてもらいました。また、巻末に収めたマコンド絵地図では、ある短篇からマコンドの街並に関する一節を見つけ出す等して、より忠実なものに仕上げてくれました。余談になりますが、本書の挿絵を依頼した直後、彼女は仕事のためバルセロナで数カ月すごすことになりました。そのため、この絵地図はバルセロナで仕上げられたのです。
フランス装の、黄色で統一された装幀もいいでしょう。宗利淳一さんの手になります。よく目にするところでは雑誌『水声通信』が氏の装幀です。この雑誌のように普段は力強い文字が特徴なのですが、私の本のタイトルにはとてもかわいらしい文字を配してくれました。」
──そのタイトルはどのように決めたのですか。
「発行所であるエディマンの原島康晴さんの発案です。昔話をひとつ、またひとつと繰り出していくようなタイトルですよね。また、どこまでも続けられるし、どこで切っても差し支えない、そんな便利なタイトルだとも思っています。
このエディマンですが「Edición Iman」が正式名称なのだそうです。『百年の孤独』を中心とするマルケスの本の発行所としては出来すぎですよね。正式名称を初めて聞いたときは驚きましたし、本を贈った人の中に「発行所もシャレですか」と聞いてきた方もいます。マルケスがいうように、まさに現実が魔術的です。 このあと、今後の予定を尋ねると、間髪を入れずに、マルケスに関するあらゆる本を集めた古書目録を作ってみたい、との答えが返ってきた。単なる古書目録ではなく、一冊一冊に書誌データとコメントを付け、ボルヘスの『理想の図書館』のようなものを想定しているのだという。池澤夏樹氏は『ひとつ話』の書評に「謎の著者の本職はラテン・アメリカ文学の研究者ではなく、化学と特許」(『毎日新聞』2009年5月17日)としていたが、副職の古本業にもなかなか意欲的である。書肆マコンド版のマルケス古書目録、果たしていかなるものになるやら。氏によれば、乞ご期待、とのことである。
『ガルシア・マルケスひとつ話』あります
『ガルシア・マルケスひとつ話』(2009年エディマン発行)の在庫があります。ご希望の方は「お問い合わせ」ページからご連絡いただくか、下記メールにお問い合わせください。
メールアドレス:macondo@jcom.home.ne.jp